酒井登志生氏

トーキングピアノ

 楽器は、原点として、語らなければいけません。かつて太鼓は「トーキングドラム」と呼ばれ、笛は「トーキングフルート」と呼ばれ、人間の意志を伝える言葉代わりとして発達しました。
 ピアノは複雑に進化した楽器です。それなら「トーキングピアノ」は、いっそう複雑な音楽で語らなければいけません。
 例えばフルートが「雨が降る」と語れば、ピアノは「雨が降ると別れた人を思い出す」ぐらいまで語らなければいけません。
 大原保人さんのピアノにはその語りが存分にあるのです。だから大原さんの演奏を聴く聴衆は、ピアノと会話をするように、つい頷いたり、返事をしたりして聴き惚れます。
 大原保人さんのピアノには、さらに形容詩さえあって、例えば『枯葉』の演奏では、舞い落ちる枯葉の色、音、はかなさまで形容されます。
 楽器の原点には、トーキングと同時に、性的シンボルの面もあります。ドラムスティックは男性を表わし、フルートの風穴は女性を象徴し、女体をかたどったコントラバスは、男性奏者が掻き抱くようにして演奏します。
 つまり楽器の演奏はセクシャルでなければいけません。大原保人さんのピアノには性感帯があり、聴衆とエクスタシーを共有し、その興奮は聴覚を超え、皮膚感に高揚します。
 大原保人さんのテクニックは、既に定評のあるところですが、そのテクニックにはファッションがあり、フォーマル、カジュアル、スポーツウェアを演じ分けます。
 そして大原保人さんは大柄な方ではありませんが、演奏中は、グランドピアノが小さく見えます。

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